サカナ団がスタンダード・オペラに初挑戦した作品。またサカナ団としてオーケストラを初めて組織して挑んだ作品。また神田慶一が指揮者として初デビューを飾った作品でもあります。まだ学生サークル的な色合いを強く残しつつも、初々しい魅力に溢れていたと、まわりからはありがたく評価されました。
創作オペラから活動を開始したサカナ団にとっては、スタンダード・オペラは未知の領域であり、声楽科出身である歌手の方々には当たり前であった西洋オペラの伝統にサカナ団として初めて触れた記念すべき公演とも言えます。この記念すべき「ラ・ボエ−ム」はその後、現在に至るまでサカナ団として再演を繰り返す、いわば団の「顔」としての演目となることなど当時は考えられるはずもありませんでした。何故、この演目がサカナ団の「顔」の様に取り扱って来たのか。それは、当時のサカナ団の置かれていた状態と関わりがあります。この年までサカナ団は稽古場所にしても転々とし、公演会場もその都度探し、文字通り「ボエミアン」のような活動をしていました。その点では、この作品に登場する貧乏な芸術家達が大変に「リアル」に感じられ、またそれに対しての思い入れも人一倍あった事も事実です。
プッチーニというオペラ作曲家は、サカナ団にとって(もしくは神田にとって)特別な位置にあり、その音楽性(旋律美や物語の進行状態)がとても性に合っていることも重要な点でもありますが、もう1つ、忘れてはいけないポイントは、プッチーニのオペラに登場する人物が決して神話や歴史上の人物ではなかった点です。日本に於けるオペラ上演で、西欧の神話や歴史上の人物を演じる時に味わう強烈な違和感(赤毛芝居とも呼びますが)、それを新しい世代として払拭しようと、サカナ団は常に心がけてきました。プッチーニの作品に登場する人物は、その他の多くの作曲家に比べて、比較的感情移入をし易く、取り組み甲斐のあるキャラクターが多いのです。この『ラ・ボエーム』はその典型的な例で、実際に貧乏な芸術家が貧乏な芸術家を演じるのですから、出来はともかくとして、「リアル」である事だけは確かだった訳です。
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