前作「クローンのジュリエット」は神田慶一自身の中で大変に重要な作品として認識していましたが、そこで描かれる純愛(ロミオとジュリエット)に対して、現代の恋愛のあり様とあまりに距離が隔たっている事に違和感を感じていた事も事実でした。いわゆる"コインの裏表"の様に「クローンのジュリエット」で描ききれなかった恋愛の部分=言い換えれば、恋愛のダークサイドを描いてみたくなったのが、このオリジナル作品第4弾に着手した動機です。
しかしこのダークサイド的側面から生み出された新作は、今までの創作ものの中で最も賛否両論が激しかった「問題作」でもあります。
援助交際の話しを軸に純愛と狂気を描いたこのオペラは、エログロ、ナンセンスの要素を多分に含み、それが観客から違和感を唱えられる理由でもあるでしょうが、神田自身にとってはかなりの自信作でもあるのです。サカナ団としては、アバンギャルドの精神に立ち返った実験的作品と言えるでしょう。
テーマは「モロ現代」的な援助交際の悲劇ですが、ラブホテル内で少女を買った中年オヤジが殺意を抱く時、それに恐れを成した少女がシェエラザードの如く語り部へと変容し、「アラビアン・ナイト」に移行するプロットはなかなか絶妙な、面白い発想だと自画自賛しております。もともと村上龍氏の『ラブ&ポップ』や石田依良氏の『池袋ウエストゲートパーク』等の着眼点を展開したもので、なによりも神田がこよなく愛する村上春樹氏の創作プロットを丹念に研究して作られたストーリー展開でもあります。(村上氏の分析に膨大な時間と労力を費やしたので、それを語り出したら際限がなく、残念ながらここでは割愛せざるを得ませんが)誰が何を言おうと、神田自身は、このような作家魂の<うずき>によって作り出した作品をこよなく大切に思い、愛着を持っているのです。
この作品を生み出す事によって発生した手法、すなわち創作において2作品が常にペアである如く"コインの裏表"を形成する手法は、その後の神田の基本理念として継続して行きます。思えば処女作『銀河鉄道』と第2作『アリス!』も少年の夢の物語と少女の夢想の物語という意味合いで"コインの裏表"とも呼べるかも知れませんし、人間の本来的な傾向、性質はなかなか変わるものではない様です。
ちなみに役名の「K」はカフカの主人公と同様に神田自身の頭文字から取ったものですが、少女の名前「U」は英語のYou(すなわち「あなた」)の意味であり、少女の名前「I」は「愛」の象徴としてネーミングされています。
写真:長谷川清徳
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